暑かった夏が終わった。札幌の夏の風物詩と言えばPMF。1990年に開催されてから毎年楽しみにしている。最近は母とPMFオーケストラの演奏会に、クラシック好きの友人2人と弦楽四重奏を聴き、GARAコンサートに行くのが恒例となっている。友人の1人と母は88才。帰り道、コンサートの余韻に浸りながら、来年もまた一緒にこの道を歩けますようにと祈る。音楽とは時間の芸術。美しい響きに包まれた幸せな時間は永遠には続かない。人との出会いも同じなのだと自分に言い聞かせ、素敵な時間を共有できた今日の幸せを胸に刻む。
我が家には30年前に父に買ってもらったグランドピアノがある。週末ぐらいしか弾いてもらえないかわいそうなピアノだが、一昨年の暮れから、月に2回、夜間中学の生徒さんがピアノを習いに来るようになった。ピアノを教えてほしいと言われ、1度はことわったが、「ピアノを習うのが夢だったんです。」とキラキラした瞳で言われては引き受けざるをえない。彼女は今77才。娘さんが子どもの頃にピアノを習っていて、ご自分も好きで練習していたようだ。想像していたよりずっとお上手で、ピアノが大好きなのが伝わってくる。彼女が帰った後は、なぜか私もピアノが弾きたくなって、以前よりもずっとピアノに向かう時間が多くなった。
先日、学生時代に練習していた曲が弾きたくなって、久しぶりに楽譜を広げてみた。40年以上たった楽譜は変色しぼろぼろ。たくさん書き込みのあるページをめくっていると、当時の記憶がよみがえってきた。落ちこぼれ音大生だった私は、とにかく練習だけは頑張ろうと決心し、毎日8~12時間ピアノに向かっていたが、基礎もできておらず、まじめに勉強もしてこなかったので、レッスンのたびに先生にどなられていた。
期末試験の時、いつも以上に必死で練習し試験に臨んだのだが、緊張して失敗してしまった。試験後、悔しさと申し訳なさで涙が止まらなくなった私に、先生は笑顔で言った。「何泣いているのよ。あなたが試験で失敗したって、世の中何も変わりはしないわよ。あなたがどれだけ努力しているかは私がちゃんと知っているし、頑張った事実は決して消えない。すぐに結果に表れなくても、好きなピアノを続けていて、いつかおばあちゃんになった時に、あ~、今日はいい音が出せた。そんな日があったらそれだけで幸せじゃない?もっと肩の力を抜いて音楽を楽しんだら。」
あれから40年。いつの間にかおばあちゃんと呼ばれる齢に近づいている。思うように動いてくれない指にいらだっていると、私のたった1人のピアノのお弟子さんの声が聞こえてくる。“いくつになっても挑戦する気持ちを忘れず、ピアノを楽しみましょう”と。
H.Y.